昌平中学校の教育活動をお知らせしています♪
7月23日(月)〜25日(水)の期間、中学校の林間学校を行いました。
今年は、会津地方の名所・文化遺産を見学をして、福島県民としての見識を高めています。
23日(月)は、いわきを7時30分に出発し、日新館、飯盛山、鶴ヶ城を見て回りました。
■会津藩校 日新館
会津藩が享和3年(1803年)に設立した学校で、当時の施設を忠実に再現しています。約3万8000坪の敷地内には、資料館、幕末明治記念館、武道場などがあり、見応えがあります。この藩校で、「ならぬものはならぬのです」という会津武士道精神を培いました。
■飯盛山
戊辰戦争時の白虎隊自刃の地としてあまりにも有名です。白虎隊は、戊辰戦争のおり、会津藩主の親衛隊として組織された16歳〜17歳の少年の若い隊です。 慶応四年(1868年)8月22日、滝沢本陣で指揮をとっていた 松平容保は、西軍進攻の知らせを受け、白虎40名に出陣を命じます。少年たちは初陣に胸躍らせて戦場へと向かい勇敢に戦いますが、力及ばず退却となってしまいました。すでに20名となった少年たちは疲労と空腹に耐え、猪苗代湖の水を会津へと通していた戸ノ口堰洞門をくぐりぬけ、飯盛山へとやっとの思いでたどりつきますが、ここで炎に包まれた鶴ヶ城と城下を目前にし、いさぎよく藩主に殉じようと自刃を決意するのです。明治17年に自刃19名の墓が建てられ、その後戦死31名の墓が追加されましたが、香華の絶えるときはありません。
■鶴ヶ城
鶴ヶ城は至徳元年(1384年)に芦名直盛が築いた東黒川館がはじまりで、伊達政宗などの名将も入場した東北屈指の名城の一つです。天正18年(1590年)に蒲生氏郷が天守閣を築いて、「鶴ヶ城」と改称しました。幕末の戊申戦争では、籠城の舞台となったことであまりにも有名です。
24日(火)は、アスレチック・野外炊飯などの野外活動を行いました。
午前中-室内での体験学習-
■朝食の配膳
朝食の配膳の様子。マナーを守って食事の準備ができるかな?団体生活で協力することはとても大切なことです。
■プロジェクト・アドベンチャー
プロジェクトアドベンチャーは「心を育て、かつ学びの環境を作る新しい教育手法」を掲げるゲームのような体験的な学習活動です。冒険学習が柱になっています。

Being・・・自分が相手にしてあげたいこと。してもらいたいことを図にします。

「心の安全」をつくるためにできることを、みんなで考えます。みんな真剣だ。
午後-野外での活動-
■アスレチック・ジム
アスレチック・ジムの説明を受けています。よく聞いて、安全に楽しく遊びましょう。
スライダーでびゅーん。気持ちいい!!野山で遊ぶのは気分爽快です。
アスレチック・ジムは楽しかった。
■野外炊飯
野外炊飯では、男子が大活躍。竈に火をくべます。なかなか大変だよ。

伊尻校長先生(手前白い帽子)も竈を吹いてくれました。さすがの腕前です。

おいしくカレーができました。皆で協力して作ったカレーを野外で食べるのは最高です。
最終日の25日は、地熱発電所、斎藤清・美術館、圓蔵寺(虚空蔵尊)を見て、4時30分ごろ、いわきに到着しました。
■柳津西山地熱発電所
西山温泉の奥に位置する地熱発電所、。単機出力では国内最大級の地熱発電所です。併設のPR館で発電のしくみや環境への配慮などを紹介しています。非常に分かりやすく丁寧に教えていただけました。
■斎藤清美術館
斎藤清画伯は、一つの技法にこだわることなく、油彩、木版画、コラグラフ、水墨画といった様々な画法に果敢に挑み、内外で数多くの受賞をされた日本を代表する画家の一人です。柳津市の名誉市民でもあり、平成7年には文化功労者に顕彰されています。この美術館では、斎藤清画伯の貴重な作品を所蔵しています。
■圓蔵寺
会津きっての名刹・福満虚空蔵尊圓蔵寺は千二百年にもおよぶ歴史を誇り、今でも多くの参詣者を集めています。ここは茨城県東海村の大満虚空蔵尊、千葉県天津小湊町の能満虚空蔵尊と共に日本三大虚空蔵尊の一つに数えられています。縁起によれば、弘法大師が唐の高僧から霊木を授かり、帰国後にその木を三つに分かち海に投げいれたところ茨城、千葉、そしてここ柳津に流れついたといわれます。霊木漂着の知らせを聞いた大師は、さっそくその木で虚空蔵尊菩薩を刻みあげました。それを受け会津の名僧・徳一大師が圓蔵寺を開創したと伝えられています。
また福満虚空蔵尊を刻んだ木層がウグイになった話や、寺の難工事を手伝った赤牛の話などは数多くの伝説を秘めています。
奥に圓蔵寺が見えますね。歴史あるお寺さんです。
| 学校行事 | 10時47分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑